高専卒の考察

人生の目標を決めるヒントになるブログを目指します

活きる目標の決め方

 自発的に生きている意味や生きる目標を持っている人というのは実際にどれくらいいるのでしょうか?一般の人の多くが他人に決められた目標や意味を盲目的に信じ,そのガイドラインに沿って人生を生きていると言っても過言ではない気がします.

しかしそのように生きている人の中にもそこから抜け出して自分だけの生きる目標を持ちたいと思う人も一定数いるはずです.むしろそういう人のほうが多いかもしれません.

 

 なぜそう思うのにそう生きないのか?私は「その人たちの行動力が無いから」と理由でこの話を終わらせたくはないと思います.自分の生きる目標を持ちたくても,自分で生きる理由を決められなければ絶対に自分の生きる目標を持つことはできません.多くの人たちは自分の生きる目標を決めることができないのだと思います.

 

 生きる意味,生きる目標というのは大袈裟な話に聞こえますが,意外とショボくて小さいく,我儘なもので良いと私は思っています.また大きすぎてわけがわからないというものでも全く構わないとも思っています.つまりは自分が勝手に自分で決めることができるのが生きる意味であり,生きる目標だと思うのです.

 

 私がこうしたいからこうするのだ.それが生きる意味でいいのだと思います.例えばもっと面白いものが増えたらいいからオレは面白いものを増やすんだ.とかオレはスノボーが好きだからスノボーを1年中やれるところに住むんだとか.こんなものでいいんだと思います.

 

 こういった生きる目標を決めることができればあとはそっちの方向に進んでいくだけです.面白いものを増やすにはどうしたらいいか考えればいいのです.一年中スノボーができるところに住めるぐらいのお金を稼ぐ方法を考えればいいのです.

 

 生きる目標が決まらなければ全ての行動には意味がありません.なんのために行動しているかと言われたら,他人の人生のために行動しているだけです.多くの人たちは他人の目標を達成するために労働を行っています.その対価としてお金をもらっていますが,お金を稼ぐ理由が無ければその労働に意味はないと私は考えています.

 

 これを読んでも生きる目標なんて無いよと言う人は,世界がどんなふうになってほしいかを考えてみてもらいたいと思います.私は世界を面白くしたいと思ってます.どのくらい面白くするかは決めていませんが,世界が0.0001°でも面白い方向に傾くように生きていきたいと思っています.あなたも世界がどんなふうになってほしいかを考え,その方向に世界を傾けるために生きてみてください.それが生きる意味になると思います.